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【日野自動車期間工の体験談】


「ずっとフリーターをしていたけれども、そろそろ本格的な仕事に就きたい」「大手企業で働いて、田舎の親を安心させてやりたい」このように考えている20代男子も少なからずいるのではないでしょうか。

ゲーム関係の専門学校を出た僕は、20代前半はずっとプラプラしていました。

日雇いの工事バイトを始め、某ハンバーガーショップやネットカフェの店員など、おこなったアルバイトの数は星の数くらいあります。

そんなプータローの僕がたどり着いたのが、日野自動車の期間工の仕事です。

それほど情熱が高い方ではない僕が「期間工の仕事をやってやろう」と思ったのは、たまたま募集先の待遇が、それまでのバイトと比べて良かったからです。

それまでは期間工の仕事は辛い・安い・臭いと勝手に決めつけていた僕でしたが、実際に働いてみるとそんな事象はどこにも見当たりませんでした。

人の批評や思い違いは、てんで当てにならないと思っているところです。

今回は「期間工の仕事ってホントに儲かるのか?」「フリーターひとすじ未経験男子でも、使い物になるのか?」と思っている人に向けて、期間工にまつわる記事を書いていきたいと思います。

少しでも多くの男子に、希望をもってもらえたら嬉しいです。

【丸2年働いた、日野自動車の期間工】
トヨタや日産ほど知名度は高くないものの、マジメにコツコツ良い仕事をしている車系企業として日野自動車の名前があります。

日野自動車の知名度が低いのは、カローラやパッソのような一般の人が乗る車を作っていないからです。

大型のトラックや小型の業務用車を作っているので、マニア向けの車に詳しいという特徴があります。

僕が実際にココで働いたのは25歳から27歳のときまでです。

年数にすると、約2年くらいは日野自動車で過ごしたことになります。具体的に勤務したのは東京の羽村市というところです。

東京には日野自動車の工場が2つありますが、ひとつは日野。もうひとつは羽村です。

仕事内容はほぼ同じなのですが、日野はマイカー通勤もバイク通勤も認めてもらえません。

ところが羽村だとマイカーは駄目ですが、バイク通勤は条件にあえば認めてもらえます。

小型バイクでマイペースに通勤したかった僕は、羽村工場を第一希望にあげて応募をおこないました。

【どんな仕事をしていたのか?】
僕が任されていたのはキャプラインと呼ばれる、塗装の仕事です。

塗装というと隅からすみまで手作業で塗りまくる…というイメージがありますが、実際には日野自動車の塗装にはロボットが使われています。

ロボットの方が大きな範囲を、短時間でキレイに美しく塗れるからです。

ロボットが塗り終わったあと目視できちんと色が塗れているかどうか確認するのと、ロボットが塗り切れない細かい部分の塗装をおこなうのが基本的な仕事です。

塗装やカラーリングの仕事と聞くと、手先が器用なヤツじゃないと難しそうな気がしますが、そんな事はありません。

僕は絵心はそんなに無い方で、この仕事をおこなうまで筆やハケを持ったことはありませんでした。

そんな僕でも何とか2年、仕事をおこなうことができたので、ほとんどの人は許容範囲だと思います。

ちなみに僕の場合は塗装未経験ということもあり、先輩とペアを組んで仕事をおこなっていました。

頼れる先輩が近くで働いてくれるので、分からないことはスグに聞けて良かったです。

【ズバリ給料はいくら貰っていたのか?】
工場で期間工の仕事をしている…と話すと、専門学校時代の友だちから「そんなに貰えてないんだろ?」とやっかみを言われることがありました。

ネットカフェのアルバイト経験をした僕から言わせると、期間工の仕事は間違いなく儲かる仕事です。とはいえ、人より多く稼ぐためにはそれなりの知恵が必要になります。

・昼勤務より、夜勤務の方が儲かる

日野自動車に入社するとき、2パターンからシフトを選ぶように言われます。

ひとつは朝8時に工場に行き、ランチタイムを挟みながら夕方17時くらいまで働く昼勤務です。

このメリットはフツーの会社員と同じペースで働けるため、体への負担が少ないということです。

もうひとつは夜8時か9時くらいに工場に行き、夜食タイムを挟みながら朝5時か6時くらいまでぶっつづけで働くパターンです。

こちらのメリットは多少体に堪えるものの、給料が高く貰えるということです。僕はとにかく金が欲しいという想いが強く、後者の夜勤務のパターンを選びました。

最初は「ずっとフリーター生活をしてきて、体がもつのか?」という不安もあったのですが、慣れてしまえば何てことはありません。

個人的には静かでひっそりしている夜の方が集中力が増して、やる気がみなぎる感じです。

月収では「30万3千円」くらい貰っていました。3カ月間続けて働いていると、会社からの報奨金として6万円支給されました。

日野自動車では出勤の日数が上がるほど、手当金の額が増えていくので良かったです。

・寮や人間関係は、いたってフツー

日野自動車で寮に入ると、光熱費や水道代はすべてタダになります。

居住費などももちろん0円でかなりお得です。部屋は6帖くらいの広さで、エアコンとテレビ・飲み物などが入る冷蔵庫がありました。

部屋は共同ではないので、他の人とのいざこざはほぼ有りません。たまに食堂で同じ部署の人と顔を合わせるくらい、こっちが声をかけなければ適度に放っておいてくれます。

よく期間工の仕事をするとガラの悪い人が1人や2人はいる…と聞きますが、僕の体験ではそんな人はほとんど見当たりませんでした。人間関係はいたって、フツーだったと思います。

【まとめ】
日野自動車の期間工の仕事について、あれこれ書いてきました。結論から言うと期間工の仕事は僕のようなフリーターでも、即戦力になる割のイイ仕事です。

短期決戦で働けば、寮代や光熱費は全くかからないので、一気に大金を貯めることができます。

「クルマや機械いじりが好き」もしくは「お金が好き」という人なら、絶対に働ける職場だと思います。

自分にはできないとはなから諦めず、もっと気軽に面接を受けにいってもイイのではないかと思います。がんばってみてください。
【岩崎電気の期間工体験談】
行田市にあるメーカーで岩崎電気という会社があります。

行田市は秩父線とJRがありますが、JRの行田駅目の前にある工場でした。

もう15年以上も前になるので、最近ここを電車で通りかかったら会社が新しくなっていました。私が居たころは隙間風が入る、ぼろっちい工場でしたが真新しくなって驚きました。

実は深谷の東芝工場にずっと期間工として働いていまし。

冬場になると生産が縮小し知り合いのつてもあって、岩崎電気に毎年三か月程度の期間工をする事になりました。

ここの会社は冬場は結構忙しいので、遠くではありますが実は東芝よりちょっと時給がよかったと思います。

現在はやっているかどうか解りませんが、ここで作っているのは発光管といって電球を専門に扱っている企業です。

当時作っていたのはプロジェクターの、水銀を使った発光管を作成しており、二交代制で働いていました。

朝7:10~昼15:00。二直が14:50分~夜の22:50分までだったと思います。

残業は基本なく、この勤務を一週間交代で行い、土日祝休みという勤務です。

昼勤務はともかく、朝はこの時間帯は空いているので、家から20キロ以上離れてはいますが、早ければ30分程で工場に到着します。

寮についてはよくわかりません。ある人と無い人がいるようでした。

自分はたまたま家から通えるので、寮がどのようになっているかまでは解りません。ただ社員の人は寮があるとは聞いています。

仕事内容は様々です。ま

ず検査ですが、目視であると中に入っている水銀の量を検査します。大きすぎても小さすぎてもいけません。

異物混入もみます。ガラスなのでガラスの破片が入ったりしたら、不適合品として処分します。

水銀が入ってますので取り扱いは慎重にしなければなりません。

それが終わるとロット番号の焼き付け。特殊な規格にガラスの先端に番号をつけていきます。

後々これは切り取るのですが、発光管は飴玉みたいに両脇がひねられており、後にこれはダイヤモンドカッタで電気のこぎりで切り落とします。

これが終わると発光管自体の機械検査となります。

パラボラアンテナみたいなケースに、発光管を特殊な接着剤を充填しチグ(治具)で固定して、実際灯火して画像を映し出してみます。

渦巻みたいな模様がPC98のパソコンに移しだされ、それがしっかり中心にあたっていればOKですが、ちらつきと言ってそれたり、外れていたりするとNGとなります。

それをPCに記録して終わりですが、このズレてしまった要因として接着剤を重点する時に、ストローがありますがこれが中心軸にふれると、折角合わせた所からずれてしまいます。

接着剤はすでに固まっており修正するには、これを一度砕いてもう一度充填し再検査して合わせます。

これを日によってローテーションで行います。この粉塵が舞うのでマスクをして当たります。

後にお話しますが、ここは生産している所とちょっと離れた、倉庫らしきところでやるので冬場はとても寒く暖房をしなければなりません。

ちなみに暖房の灯油管理は言われたわけじゃないけど、僕がやっておりました。

常に夜と朝方は特に冷えるので、補充するのが私の日課です。やめてからどうなったのか?と思いました。

食堂が驚きなのですが、秩父うどんが販売していました。学生の頃よく食べてたうどんなので、しかも交替の勤務者は時間が早いので空いている時間帯に並ばないで食べられるのがよかった。

日勤だとえらいこんでます。味がいいので人気の商品で亡くなる事もあります。

入職一週間目は日勤ですので、並んでいる時間も、休憩時間がどんどんなくなってしまいます。

ここの人間関係ですが、派閥があって二組に分かれていました。

ちょっと癖のある人が何人かいて、正直意地の悪いやつもいました。チョッカイを出してくるやつもいるので、集団でいる事でお互い身を守っていました。

変わっているのがここの作業長です。普通、従業員より早く帰る作業長はいませんが、いの一番に帰るのがこの作業長です。

入門証を帰り見せて帰るのですが、自慢のSUBARUの当時流行ったMRXを走らせて、(正規は工場内に駐車場があるようです)やってきます。

自分達はまだ着替えてもいないのですが、作業着でいつもこの作業長は帰ってしまいます。ちょっとここが問題でした。

実は東芝の工場に戻った時、ここの暖房の管理が誰がやっているのかが明確でありませんでした。

いつも私はそういう意味では、暖房の火の始末を頼まれるでもなくやっていましたが、私がいなくなってから暫く経過して大きな火災が起きたようです。

ニュースにもなっていましたが、他の人は解雇されたと風の噂で聞きました。 注意してほしいとすれば、働く場所自体がなくなってしまうと会社としても解雇しなければなりません。

作業長とかがいい加減だったりすると、こうしたトラブルで職を失う可能性があると、この火災から学びました。

期間工情報まとめサイト→https://period-workers.com/

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